モノクロの世界に、鮮やかに浮かび上がる蜜柑。/『蜜柑』芥川龍之介
芥川龍之介の『蜜柑』という短編小説を読んだ。
読んでいるうちに、どうやら以前読んだことがあることに気づいた。
買って読んだのか、教科書で読んだのかは記憶にない。
ただ、読んでよかった。
どういう話かというと、主人公の「私」が汽車に乗り発車を待っていると、十四五の小娘が前に座った。
「私」は最初はその小娘に不快感を感じていたが、小娘のある行動・光景を目にした「私」の心情に変化が現れる、という話です。
この話は大きく前半と後半に分かれる。
前半は、駅のシーンから始まる。
「私」がいいようのない疲労と倦怠を感じながら、汽車に乗り発車を待っていると、まもなく発車という時に小娘が駆け込んできて「私」の前に座った。
その小娘はいかにも田舎者くさく、汚い身なりをしていて、その時の「私」の心情と重なり不快に感じていた。
この部分を読んで、「私」に何があったのかは知らないが、疲労や倦怠で機嫌が悪いとは言え、なんて上から目線で、人を見た目で判断する失礼な男なんだと腹立たしく思った。
しかし後半になると、小娘が汽車の窓を開け、田んぼの真ん中で見送りに来ている子供達の頭上に蜜柑を放り投げるシーンがある。
その光景を見た「私」は、小娘の身の上の一切のことを了解し、その後の小娘を見る目がまったく変わった。
このシーンを読んだとき、紙と文字の白黒の世界に、蜜柑のオレンジ色だけが鮮やかに脳裏に浮かび上がってきた。
そしてそれ以降、物語すべてに色彩が帯びた。
自分は、人を見た目や先入観、その時の機嫌などで判断してしまうことはないか。
残念ながら、ないとは言えない。
つい自己中心的な振る舞いをしてしまうことがある。
なので、この話の「私」のことは、決して他人事ではない。
人にはそれぞれの事情がある。
そういったことを少しでも思いやれる人間でありたいと思う。
そう気づけただけでも、この芥川龍之介の『蜜柑』を読んでよかった。